今日は11月15日。
坂本龍馬が京都河原町で暗殺されて、ちょうど140年。
私は学生時代、日本史を専攻してきましたが
前にも書いたかもしれませんが、好きな人物を挙げろといわれると、
ありがちで、坂本龍馬、土方歳三、徳川家康…
共通点、「有名」?
幕末人気のワンツーが好きなのはいいとして、やはり龍馬。
彼、とはいってもありがちで、司馬史観における溌剌“竜馬”を指していますが、なぜ好きか。
これは高校生の頃に思ったのですが、幕末において「本質」を見抜いて行動していたから。
攘夷、佐幕、倒幕…思想・イデオロギーが渦を巻く幕末ですが、
龍馬にあっては、立場があるようで、ないような。
脱藩浪人のくせして、幕臣の勝海舟に見出されたり(逆か)、越前の松平春嶽のような大名と直で知り合いだったり、大藩の間を縦横無尽に駆け回ったり…
まあ、昭和40年代以降、企業に仕えてモーレツに働いたサラリーマンたちが、自信の活躍と栄達を夢見つつ、現実に直面したときの憂さを晴らしてくれたであろうことは、想像に難くない。
なんといっても、それほど本を読まない(昔は読んだといっているが、おそらく本を買うお金などなかった時代のことであろう)我が父が、
わずかに保存していた本の中に
「竜馬がゆく」のハードカバーの箱入りセットがあったくらいである。
奥付は昭和43年、私が生まれる前の年。
「大河ドラマで放映」という帯がついている。
まあ、北大路欣也の竜馬がよかったのかどうかは見ていないのでわからないが、高度経済成長の後半の自分たちに重ねた人が大勢いたのだろうと思う。
…すごくありがちな評論を書いていますな。
閑話休題。
本質の話、つづく(笑)。
さて、龍馬に私が憧れるのは、その縦横無尽さではありません。
周囲がイデオロギーをぶって喧々諤々やっているときに、
ひとり本質を行動に移していること。
つまり、「結果」を先に考えて行動している。
これは、今の私が求めているひとつの姿。
このブログを読んでいるとわかるかもしれない、私の姿は、
子供のころから逃げることに慣れてしまっていて、
目的に向かって立ち向かわない、どうしようもない四十前のくせに
変に気持ちが若い、駄菓子屋のおやじみたいなもの。
とても歴史に名を残せるようには、思えません。
今のところ。
最近、勉強法の本がたくさん出版されています。
これからは知識そのものではなくて、その知識を得て身につける方法を書いた本が多くなると、飯田橋博士も言っていましたし、数冊の本にはそのような記述も見えます。
それを「メタ知識」というのであれば、
しくみの中でできる、できないとかでバタバタするよりは
いかに人より本質を見極めて、しくみをつくる側に回れるか。
このへんで勝負は決まるでしょうな。
たとえ、暗殺されても。
龍馬は独創性の人だったわけではなく、
大勢の人の意見(結果にならない)を結果という形に出すために
どうまとめ、誰に何をさせればいいか、それだけを考えていたわけですね。
そういう意味で、大政奉還と船中八策のあたりが、真骨頂だったのでしょう。
このへんは、飯田橋博士がよく雰囲気を漂わせていますよ。
完全な、プロデューサー。
表にいるのは、適材適所で演ずる役者達です。
そうねえ、そういう意味では、博士を龍馬に例えるなら、
現在の自分は後藤象二郎あたりが近いかな??
長くなっちゃった… 音はどうしたの?
実は、飯田橋博士と飲んでいて、ろれつが回らないので、音はなしです。ごめんなさい。
安河内哲也先生や飯田橋博士の言葉です。
「いつかやるという奴は、永久にやらない。」
重いね…。
現在、その壁を突破しようとあがいていますが、さて。
土方の話は、また別の機会に。
強い男になりたい人に、こちらをどうぞ。
今日はこの曲。
仮面ライダー響鬼(ヒビキ)の
オープニング「輝(かがやき)」


























